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人力車で浅草を巡る 広〜い浅草を体感

浅草北

花街の風情を感じ古の物語に思いを馳せるコース

奥浅草は、浅草寺の裏手にあり、「観音裏」と呼ばれてきました。
遊郭があった吉原、歌舞伎があった猿若など…
華やかなりし江戸の歴史と文化が静かな下町に息づいています。




①浅間神社
お富士様ともいわれる神社。富士山山開きの日の7月1日に合わせて、浅草富士浅間神社の例祭日が行われています。その縁日とされる植木市が5月と6月の最終土日で行われています。
②浅草見番
料亭、置屋、芸妓の組合費で運営している連絡事務所を東京浅草組合(浅草見番)といいます。芸者さんの料亭への手配、花代の支払いなどをおこなっています。
③吉原見返り柳

この柳のあたりで、吉原から帰る客が名残を惜しんで振り返ったという。かつては土手側にあったもので、現在は6代目とされています。
④お化け地蔵

「お化け地蔵」の名は、かつて被っていた大きな笠が向きを変えたから、あるいは高さ3m余と並はずれて大きいからなどいくつかの伝承があります。1721年(享保6年)建立で、関東大震災で2つに折れましたが補修し、現在に至っています。
⑤妙亀塚

謡曲『隅田川』で有名な妙亀尼とその子梅若丸の伝説の地です。平安時代、梅若は人買にさらわれ、この地で重い病にかかって世を去りました。我が子を探し求めてきた母親は、その死を知るや、妙亀尼となり庵を結んで霊を弔いましたが、悲しみのあまり鏡ヶ池に身を投じてこの世を去りました。そんな妙亀尼のために作られた墓が妙亀塚です。
⑥今戸神社

江戸時代に初めて「招き猫」が作られたのがこの地区であったということから、良縁を招く婚活の東京のパワースポットとして知られ、現在では多くの女性が訪れています。また、新撰組の沖田総司終焉の地としても知られています。

浅草西

日本一の道具街と台東区の歴史を学ぶコース


①かっぱ橋本通り

台東区の真ん中である台東区の「へそ」をしめすかっぱの銅像をはじめ、個性豊かなかっぱの像がいっぱい!行きかう人たちの目を楽しませてくれます。毎年7月には40万人もの見物客が訪れる「下町七夕まつり」も開催。
②中央図書館 池波正太郎記念文庫(台東区生涯学習センター内)
中央図書館2階の郷土・資料調査室は台東区の歴史や地誌、文化財についての書籍の他、写真・絵葉書等、かつての台東区の姿をご覧いただけます。館外貸し出し不可のものばかりなので、ぜひ足を運んでみてください。1階の池波正太郎記念文庫は池波正太郎作品に関するさまざまな資料を収蔵し、書斎の復元や著作・ 自筆原稿・絵画等の一部を常時展示しています。
③かっぱ橋道具街

170以上の調理道具・材料の専門店が800メートルにも連なる道具街。料理道具・食器・厨房設備・製菓用品・陶器・漆器・包装用品・ショーケース・家具・サンプル・白衣・業務用食材など料理関係のものならなんでも揃います。
④東本願寺

葛飾北斎の「富岳三十六景」に「東都浅草本願寺」という題で描かれているお寺。「浅草の門跡さま」の呼び名でも親しまれています。徳川家康の命で教如が創建した江戸神田道場光瑞寺が始まり。明暦3年(1675)の明暦の大火後、現在の場所に移りました。現在は浄土真宗東本願寺派の本山です。

テーマを持った散策も楽しい

江戸の流行歌 端唄「紀伊の国」の稲荷廻り

「紀伊の国」は、江戸時代の人にとって憧れの場所だった吉原で、芸者たちに歌われて人気となり、やがて全国的に流行した端唄です。「さて東国にては…」以降は、吉原に所縁のあったキツネの嫁入りを題材にして、吉原周辺にあった稲荷神社の名を連ねています。登場する稲荷神社は一部合祀などされていますが、現存しています。
紀伊の国
紀伊の国は音なし川の水上に
立たせたもうは船玉山
船だま十二社大明神
さて東国に至りては玉姫いなりが
三囲へ狐の嫁入り
お荷物をかつぐは強力稲荷さま
頼めば田町の袖擦の
さしずめ今宵は待女郎
コンコンチキナ コンチキナ
仲人は真先まっくろ黒な
九郎助稲荷につままれて
子までなしたる信田妻


玉姫稲荷
台東区清川2-13-20
三囲(みめぐり)稲荷
墨田区向島2-5-17
嫁ぎ先
真前(まさき)稲荷
荒川区南千住3-28-58 現:石浜神社末社
仲人
強力(ごうりき)稲荷
台東区浅草6-42-8
荷物持ち
袖擦(そですり)稲荷
袖擦稲荷
世話人
九郎助(くろすけ)稲荷
台東区千束3-20-2 現:吉原稲荷に合祀
かどわかし

端唄は三味線伴奏をともなった短い唄。主にお座敷で歌われ、江戸時代から流行した。

浅草寺周辺

浅草寺を中心にぐるりと寺院・名所旧跡めぐり

①九品寺

古くから「九品寺大仏」の名で親しまれてきた銅製阿弥陀如来像は総高387cm。江戸時代に造られた露仏としては東京に現存する最古の仏様です。
②二天門

重要文化財である二天門は、浅草東照宮の随神門として建立されましたが、寛永19年に東照宮が焼失。「増長天」「持国天」を奉安し、二天門と改称しました。
③浅草神社

江戸の大祭「三社祭」として知られる浅草神社。明治元年に三社明神社となり、同6年に現在の名称となりました。今もなお、「三社さま」として親しまれていますが、元来三人の神様をお祀りしたことからそのようによばれています。
④浅草寺

推古天皇36年(628)、檜前(ひのくま)浜成、竹成兄弟が江戸浦(隅田川)で漁をしていると、1躰の観音像を投網の中に発見しました。郷司(ごうし)土師中知(はじのなかとも)はこれを拝し、聖観世音菩薩であることを知り、深く帰依し自宅を寺にしてその観音像を奉安しました。これが浅草寺の始まりです。
⑤日輪寺

平将門供養の寺。1300年代、芝崎村(現在の千代田区)では疫病が蔓延し、村にあった平将門塚が荒廃していたため、将門の祟りだと村人は怯えていました。そこで時宗の真教上人が、塚を修復し供養したところたちまち平和が戻りました。喜んだ村人たちは近くにある日輪寺を時宗の念仏道場に改めたといいます。明暦の大火後、現在の浅草へ。
⑥太皷館

太鼓・神輿・祭礼具の老舗宮本卯之助商店が、世界各国から蒐集してきた太鼓とその参考資料を永久に保存し、広く一般に公開しています。収蔵品は約900点にものぼり、資料的価値では世界一級のものばかりです。
入館料/大人500円 子供(小学生)150円
開館時間/10:00〜17:00
休館日/月・火(月曜が祝日の場合は開館)
⑦雷門

浅草寺の山門で正式名称は「風神雷神門」。942年に創建。1960年代に現在の形になりました。右側に風神、左側に雷神が配される朱塗りの山門です。門の中央に吊り下げられている提灯はなんと重さ700kg!浅草のランドマーク的建物です。

広い浅草を楽しむのに最適
循環コミュニティバス

めぐりんを上手に使おう


 「めぐりん」は、台東区内を循環するコミュニティバスで、「北めぐりん」「南めぐりん」「東西めぐりん」「ぐるーりめぐりん」の4路線が運行しています。主要な観光スポットの近くに停車しますので、「行きは人力車、帰りはめぐりん」というような使い方もできます。
https://www.city.taito.lg.jp/index/kurashi/kotsu/megurin/

浅草南

おしゃれ雑貨で人気のカチクラは、浅草見附や浅草寺参道の入口があり、江戸の米蔵が集積した繁栄の地

①世界のカバン博物館

世界40カ国以上から集めた550点余りのカバンを収蔵しています。どれも希少価値が高く、なかには世界に一つしかないカバンも!? 8階ビューラウンジからは東京スカイツリーツリーが眺められます。(入場無料)
開館時間/10:00〜16:30
休館日/日・祝(不定休有)
TEL/03-3847-5680
②駒形堂

浅草寺発祥の地、通称「こまんどう」。628年、浅草寺のご本尊、聖観世音菩薩が隅田川よりご示現され、はじめて奉安されたのがここ駒形堂です。江戸時代、この周辺の川は魚類殺傷が禁じられていたため「戒殺碑」も建てられています。
③蔵前神社

徳川第五代将軍綱吉公が元禄6年(1693年)、山城國(京都)男山の石清水八幡宮を当地に勧請(かんじょう)したのが始まりです。以来、江戸城鬼門除の守護神ならびに徳川将軍家祈願所の1社として篤く尊崇せられました。毎年6月に行われる藏前神社例大祭での本社神輿は「幻の宮神輿」とも呼ばれ、その華麗さは都内随一と言われています。

蔵前神社は、犬の神社として売り出し中。モデルは浅草の有名犬ナナちゃん。
④鳥越神社

推古天皇36年(628)、檜前(ひのくま)浜成、竹成兄弟が江戸浦(隅田川)で漁をしていると、1躰の観音像を投網の中に発見しました。郷司(ごうし)土師中知(はじのなかとも)はこれを拝し、聖観世音菩薩であることを知り、深く帰依し自宅を寺にしてその観音像を奉安しました。これが浅草寺の始まりです。
⑤浅草橋

平将門供養の寺。1300年代、芝崎村(現在の千代田区)では疫病が蔓延し、村にあった平将門塚が荒廃していたため、将門の祟りだと村人は怯えていました。そこで時宗の真教上人が、塚を修復し供養したところたちまち平和が戻りました。喜んだ村人たちは近くにある日輪寺を時宗の念仏道場に改めたといいます。明暦の大火後、現在の浅草へ。